35歳になったのでプログラマー定年です

プログラマー35歳定年説」という、IT業界で有名な説によると、
本日めでたく定年ということらしいです。

先に結論から書くと、「自分については」当てはまるのかなと。
それもみんなが想像するようなのと、ちょっと違う理由で。

普段は釣り記事っぽいのを書くのは好きじゃないんだけど、
こういうタイミングで、プログラマーについて思うことを書ける機会は一生に一度。
まぁ、誕生日だということで許していただければと。

つい1~2年前くらいまでは、この説は自分には全く関係のない話だと思っていた。

20代前半に覚えたスキルのままで、
勉強せずになんとなく仕事をしている人は、
10年ちょっとで技術の寿命が来て干されるんだろうなと。
そういう人は35歳あたりで厳しくなるんだろうと。

以前CTO48というイベントで議論したことがあるように、
学び続けていれば大丈夫だと思っていたし、
自分の仕事にもそれなりには自信があったんだよね。
まぁ35歳になってもまだ必要とされているだろうなと。

そう思っていながら、
なぜ急にプログラマー35歳定年説を肯定するようになったのか。
(一般的にというわけでなく、自分自身にとってということね)

一言で言うと、やりたいことが変わってきたんだよね。
あとは、プログラマーとしてやりたかったことは、
大体やれたかなと。

他の人から見ると、もっとできるとか、
まだ足りないとか、いろいろ思うところはあるかもしれないけど、
そこは自分で決めていいかなと。

良い機会だからいろいろと振り返ってみると、
非常に稀なくらい、運に恵まれたキャリアだったと思う。

まず26歳の時に、働いていた会社が上場する。
株式もそれなりに持たせていただいていたので、
それが今の会社の最初の運転資金になっていたりする。

僕が就職したころは、まだITベンチャーに行くなんて珍しい時代だったので、
そこで成果を出すことは、自分自身との戦いでもあったわけ。
大企業に行った友人より、自分の選択が正しかったと思いたいじゃない。
気持ちわかってもらえるかな?

いわゆる「起業家」と呼ばれる人達のギラギラした感じというか、
自分の正しさを証明しようとするエネルギーはすごいなと思うけど、
僕は「人からどう見られるか」という戦いは、
その時に完結してしまった気がする。
よく会社のトップっぽくないと言われるのはそういうことかなと。

ただ、これは自分が凄かったわけじゃなくて、
働いていた会社の経営陣が凄かったわけなので、
自分の冠がつくプロダクトをヒットさせたいなと思うようになる。
ちゃんと自分の力でヒットを出したいよねと。

…実はその目標も、割と早く達成できてしまったりする。
iPhone発売直後に出したアプリが話題になったり、
iPadが日本で発売した時には、Apple Storeの店頭におかれているデモ機の中に、
自分が作ったアプリを入れていただいたり、
(みんなが群がっているiPadに自分のアプリが入っているのって感激するよ!)
2chで話題になってR25のWeb版に掲載されたりと、
大ヒットというものはないけれども、それなりに知名度が出たりして、
仕事と関係ないプライベートの友人からも「あれ凄いな」と言っていただけたり。
嬉しかったし、プログラマーとしてやりたかったことってこれだよねと思えたわけ。

…でもね、これらのプロダクトで、全然儲からないわけ。
自分の仕事は「多くの人に使ってもらえるものを作ること」と、
どこか限定してしまっていたことがあるんだろうね。
ビジネス面とかは、どこか「自分の担当じゃない」という甘えがあったんだと思う。
よくないよね。

そういうことを反省しながら、数年事業をやり続けていると、
いろいろなデータや経験がそろってきて、
考え方が少し変わってきた。

事業としてきちんと成功するものにするには、
プロダクトが良いだけじゃだめで、
ビジネスモデルもしっかり考え抜かれていなければならないし、
集客やリピーターを生むための戦略も大事。

なので、一般的に事業をやる時に、
「良いチームを組むべきだ」とよく言われているのだと思うけど、
今の規模なら自分で全部やってみるのも面白いなと。

役割分担をすると、どこか人のせいにしてしまったり、
失敗した原因がどこか見えにくかったりする。

もちろん、全部をスペシャリストとしてやるのは無理だけど、
全体をきちんと見渡せるということは価値があるよねと。

プログラマーというと、スペシャリストだと思うのだけど、
目指すところは究極のゼネラリストという感じになるのかな。

なので、自分の職種は「プログラマー」かと聞かれると、
「プログラムも書くけれど…」みたいな感じになるのかな。
プログラムを書くことをやめるわけではないのだけど、
自分の仕事のリソースの大半をそれに費やすような仕事の仕方は、
もうそろそろ終わりかなと。
そういうわけで、プログラマーとしては定年なのかな、と思うわけ。

最後に、誤解のないように書いておくと、
この話はあくまで「自分にとっての」話ね。

一般的には、プログラマー35歳定年説なんて関係なく、
優秀な人達は年齢を重ねても一流のプログラマーでいることでしょう。
ただ、僕はそうじゃなかったよという話。

投票率について思うこと

作っているサイトのトップページの内容が気に入ってなくて、
どうしようか悩んでいるところ。

何かしらのテーマを「伝える」ことは本当に難しい。
そんな中、「伝える」ことについて思うことがあったので、
書いてみる。

参院選の投票率が低いと言われていて、インターネット選挙との因果関係も言われ始めているけど…。

僕自身、インターネットでの選挙運動が解禁されたら、
投票率が上がるんじゃないかと思っていたんだけど、
実はそうじゃないんじゃないかということに気づき始めてきた。

選挙前のメディアなどの調査の精度が上がり続けていて、
その情報を入手しやすくなっているので、
選挙に行かない人は「自分の一票で何も変わらない」ということを、
よく知っている現実があるんじゃないかと。

なんとなく思うのは、今回のようにほぼ大勢がわかっている場合ほど、
投票率は下がる傾向にあるんじゃないかということ。

もし何らかの勢力同士がもの凄く拮抗しているとしたら、
「自分の一票で何か変わるかも?」ということになり、
投票率は上がるんじゃないかなと思ったりする。

あと、投票率はあくまで指標であって、
投票率を上げることが目的ではなくて、
政治にみんな興味を持って主体的に行動することが目的で、
その指標が投票率という数字ということ。

また、選挙に行くだけで偉いわけじゃなくて、
きちんと政治について考えるべきじゃないかということ。

選挙に行かない人は、こういうこときちんとわかっているんじゃないかな。

だから「選挙にいくべき」という言葉を、
子供のころ大人に言われた「勉強しなさい」くらいに思うんじゃないかな。
普通に選挙に行くことを啓蒙しても、あまり効果はでないんじゃないか。

なんで選挙に行くべきなの?という質問に対して、
義務だったり、権利だったり、社会的責任を果たすとか、
そういう説明をしてもダメなんじゃないかと感じてきた。

なんというか、選挙に行くことについての、
明確なメリットを提示してあげなきゃいけないんじゃないかと。
「だから…すべき」じゃなくて、
「行くことでこんな素敵なことがあるよ」と。

僕自身、

大勢決まっているのになんで選挙に行かなきゃいけないの?
政治には興味があるし、政策も評価して支持している人もいる。
でも当選確実だから行かなくてもいいでしょう?

と言われると、
義務だったり、権利だったり、社会的責任を果たすとか、
そういう言い方でしか選挙に行くことを促せない気がするんだよね。

良い答えをみつけたいなぁ。